合計二〇・六兆円の財政緊縮がなければ、自公政権下の国債発行額の縮小はあり得なかった(但し、今回の不況で国債発行額は再び四四兆円に拡大し、過去のピーク三七・五兆円(H政権の九九年度予算)を大きく超えている。
民営化は真の構造改革ではなかった 「小さな政府」を目指すもう一つの「改革」は、民営化である。
K政権は、道路公団、郵政公社、政府金融機関の民営化を実行した。
しかし、道路公団は民営化したものの、高速道路の建設計画は、公団時代に決めた当初予定通りに実施されることになっている。
また毎年度の高速道路建設計画は、民営化した後も政府が決定する。
これでは形式は民営化したものの、内容は何も変わっていない。
郵政公社については、郵貯と簡保は典型的な「官業の民業圧迫」であり、郵貯は分割縮小し、簡保は廃止するのが、「小さくて効率的な政府」と「大きくて元気な民間」への道であるということが、多くの識者によってかねて指摘されてきた。
しかし、K内閣は、郵貯はそのまま郵貯銀行に、簡保はそのまま簡保生命にという形で民営化した。
巨大な民営郵貯(郵貯銀行)と民営簡保(簡保生命)が相変わらず民業、とくに地方銀行、信用金庫、信用組合、農協、中小生保など地域密着型の中小金融機関を圧迫し続けている。
ここでは、形の上で民営化されただけで、大きな政府の民間圧迫という構造は、なにも改革されずに残っている。
政府金融機関については、まず中小企業・農林漁業・国民生活・沖縄振興開発の四つの公庫と国際協力銀行の国際金融部門が合併して(株)N政策金融公庫となり、政府金融機関のまま生き残った。
その規模はメジャー・バンク並みであり、官業の民業圧迫は続く。
またN政策投資銀行とS組合中央金庫は、株式会社となり、今後完全民営化の予定だが、政府の指定により特定の対象に低利で融資する公的機能は残されており、A政権は○九年度の景気対策でこの機能をフルに活用している。
二つの公庫と銀行のトップは民間から起用されたが、副総裁には従来通り所管官庁の官僚が天下っており、陣容は変わっていない。
道路、郵政、政府金融は、形の上では民営化や合併、分割をしても、官業の肥大化、民業圧迫という構図は基本的に変わっていない。
これは「構造改革」の理念に全く反している。
構造を変えるのではなく、構造を維持するための化粧直しである。
的外れの規制緩和や超低金利。
次に、「大きくて元気な民間」を目指し、K政権が実行したことは、規制緩和と超金融緩和である。
しかし、K内閣の規制緩和によって民間市場経済が活性化した例を探すのは難しい。
むしろ、派遣労働を製造業についても解禁したため、「非」正社員の割合が増加して雇用者報酬全体の増加が抑制され、また、「正」社員と「非」正社員の間の不公平な賃金格差が拡大した。
そればかりではなく、企業収益と勤労者所得の格差も拡大した。
規制緩和が民間市場経済を活性化するどころか、内需停滞の大きな原因となっているのである。
K政権は、民間市場経済を刺激するため、日本銀行に対して超金融緩和・超低金利を少しでも長く続けるように要請し続けた。
日本経済はまだデフレから脱却していないというのが、その口実であった。
しかし、これまでに説明したように、国内企業物価は○四年から毎年二%程上昇しており、デフレで販売価格が下落し、収益を圧迫される心配などはなかった。
その代わり、超低金利の副作用は、円安の行き過ぎと国民の預貯金の目減りに出ていたのである。
後述しますが、円安の行き過ぎは今回の金融危機と世界同時不況の原因である米国の住宅バブルの発生に加担した。
国民の預貯金の目減りは、国民生活の安全と安心を脅かしている。
このような犠牲を払った超金融緩和・超低金利は、本来の目的である企業の設備投資を刺激することは出来なかった。
企業は設備投資を上回るキャッシュフロー(自己資金)を持っていたが、内需が停滞しているために、設備を積極的に拡大しなかったからである。
「超金融緩和」だけで「元気な民間」を作ろうという戦略は、完全な失敗に終わった。
「羊頭狗肉」の民営化で民業圧迫をそのまま残し、財政緊縮で家計と地方経済を圧迫し、派遣労働の解禁で格差を拡大し、低金利と円安で家計所得・家計資産を抑え続けて来たので、本来の「構造改革」とはならず、その成果は全く挙がらなかった。
その結果、K内閣が登場した○一年以降今日まで、日本経済の供給サイドは改善されず、日本経済の潜在成長率(供給力で測った成長の能力)は上昇しなかった。
しかし、「失われた一〇年」の間に急落し、九八年には一時ゼロ%近くにまで下がったが、その後は一〜三%の潜在成長率が続いている。
K内閣が発足した○一年以降○七年までは、〜五%前後でほぼ横這いである。
○三年以降は、このような低い潜在成長率を現実の実質成長率が上回り、GDPペースの需給ギャップはやや縮小したが、この需要の伸びはもっぱら輸出増加に偏っていたため、潜在成長率を改善するような幅広い産業での設備投資の活発化は起こらなかった。
このため日本経済の成長率は、長期繁栄を謳歌した米国はもとより、OECD(経済協力開発機構)加盟の先進国平均よりも低いままである。
K「構造改革」は「大きくて元気な民間」を作るという点でも、全く実効は挙かっていなかった。
日本経済の国際的地位は劇的に沈下 このような「K改革」の経済的帰結を最も端的に物語る事実は、日本経済の国際的地位の劇的な沈下である。
かつて日本の一人当たり名目GDPは、OECD加盟国内の順位で八〇年から徐々に上昇し、八八年に三位に達した。
その後一〇数年間は高水準を保ち、九三年には二位、○○年にも三位を維持していたが、K政権が発足した○一年以降の七年間に急落し、○七年には一九位となってしまった。
三位から一九位まで、一六ランクも順位を変動させた国はほかにはない。
各国の順位の変動は、大きくても六ランク以内である。
しかも、この七年間に日本以外の国は全て一人当たり名目GDPが増えているのに、日本だけは減っているのである。
「K改革」が始まった○一年以降日本経済の国際的地位が劇的に沈下した理由については、既に述べてきたことから明らかであろう。
「K改革」の下で、日本の実質GDPの成長率はOECD加盟国平均よりも低く、総需要デフレーターよりも輸入デフレーターの方が大きく上昇したので、前者から後者を加重平均して引いたGDPデフレーターは低下を続けて、名目GDPの成長率は実質GDPの成長率よりも更に低く、○七年中頃まで大幅な円安が続いてドル換算の名目GDPは更に一層小さくなったからである。
交易条件が急激に悪化 K政権が発足した○一年以降、国民生活から見て、由々しい事態がもう一つ起こっていた。
それは、国民生活の基盤である「実質国内総所得(GDI)や「実質国民総所得(GNI)」の伸びが、「実質国内総生産(GDP)」の伸び、つまり経済成長率よりも一貫して低かったのである。
GDPで見ている以上に、国民総所得の停滞が大きく、これが国民生活沈滞の大きな背景になっているのである。
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